前回の記事にも書いたように、私は今年の5月に関西に行ってきたばかりなのですが、先週も、また関西へと行ってきました。
今回は、2泊3日の日程で主に大阪・京都・奈良方面を回ってきたのですが、今回の旅行の主目的は観光ではなく、奈良市内の神社で斎行される結婚式と、同市内で開催される結婚祝賀会に、媒酌人として参列するためでした。

幸い、日程の2日目には時間に余裕があったので、奈良に行く前に、京都府宇治市に立ち寄り、「宇治茶と源氏物語のまち」として知られる宇治の市内(とは言っても実際には宇治駅の周辺だけですが)を少し散策してきました。
宇治では、古くから宇治の産土神様として知られている「宇治神社」や、本殿が日本最古の神社建築物で世界文化遺産にも登録されている「宇治上神社」などを参拝・見学してきましたが、橋好きの私としては勿論、「瀬田の唐橋」や「山崎橋」と共に日本三古橋のひとつに数えられる「宇治橋」も、ちゃんと見学してきました(笑)。

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ちなみに、三重県伊勢市の五十鈴川に架かる宇治橋もかなり有名な橋ですが、今日の記事で取り上げる京都府宇治市の宇治川に架かる宇治橋とは、同名ではありますが全く別の橋です。
伊勢の宇治橋については、以下の4本の記事で紹介しておりますので、興味のある方は御一読下さい。
http://bridgelove.exblog.jp/7813516/
http://bridgelove.exblog.jp/15157886/
http://bridgelove.exblog.jp/15157886/
http://bridgelove.exblog.jp/17529007/


今回私が見学し実際に渡ってきた宇治橋は、1370年前の大化2年(646年)に初めて架けられたとされる、日本最古級の橋です。伊勢の宇治橋も凄い橋ですが、こちらの宇治橋も、負けず劣らずかなり凄い橋なんです(笑)。
宇治の宇治橋架橋の由来が刻まれた橋寺放生院の「宇治橋断碑」(日本現存最古の石碑のひとつとされ国の重要文化財にも指定されています)によると、道登(どうと)という名の大和国元興寺の僧侶が、この宇治橋を架橋したとされています。但し、続日本紀では道登ではなく道昭とされていますが。
もっとも、宇治橋はその長い歴史の中で、洪水・地震・戦乱などにより幾多の被害を受け、その都度架け直されているため、日本最古級の橋とはいえさすがに1370年も前の創建当時の橋が現存しているわけではなく、現在の宇治橋は、平成8年3月に竣工したものです。

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ちなみに、宇治橋が架橋されている宇治川は、上流(琵琶湖から流れ出た直後)は「瀬田川」といいますが、中流からは「宇治川」と名前が変わり、そして、桂川・木津川との三川合流地点からは「淀川」と名前が変わり、最終的には、関西有数の大河「新淀川」となって大阪湾に注いでいます。


現在の宇治橋は、長さは155.4m、幅は25mあり、桧造りの高欄は、橋の姿が宇治川の自然や橋周辺の歴史遺産と調和するように、擬宝珠を冠した木製高覧という伝統的な形状が採用されています。桁隠しや流木除けなども、歴史的な情緒を醸し出しています。
上流側に張り出した「三の間」は、橋の守り神である橋姫を祀る場とされ、また、秀吉が茶の湯に使う水を汲ませた場所ともされ、今も茶まつりの時にはここで、名水汲み上げの儀式が行われています。

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また、宇治橋は、平安時代前期の勅撰和歌集「古今和歌集」や、紫式部の「源氏物語」などの古典文学の舞台とされたり、絵画や工芸品といった美術作品にも描かれるなど、古くから景勝の地・宇治の象徴としても親しまれてきました。
源氏物語の全編五十四帖のうち、特に最後の十帖は宇治川が舞台となっており「宇治十帖」とも呼ばれています。

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by bridgelove | 2016-07-19 22:31 | 中部・近畿の橋