今月中旬、札幌に次ぐ北海道第二の都市・旭川市を中心とした一帯(北海道上川管内中央部)を旅行した際、私は、旭川市内を流れる石狩川に架かる「旭橋」を見学してきました。
この橋は、優美なアーチ曲線を描く全長225m・橋幅18mの鉄橋で、その美しくも力強い姿から旭川のシンボルとして市民から広く親しまれており、現在は同市の南北を結ぶ重要な交通路(国道40号)の一部にもなっています。
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明治25年、現在の位置に土橋が架けられたのが始まりで、明治27年、旭橋の前身である「鷹栖橋」という木橋が架橋されました。
初代旭橋が架橋されたのは明治37年で、北海道では2番目の鋼の道路橋でしたが、老朽化に伴い、昭和7年に、鋼鉄製のアーチ曲線を描く現在の旭橋が架橋されました。
ドイツから輸入した高張力鋼を使い、当時の最新技術を以て建設され、昭和31年までは、市内電車もこの橋の上を走っていました。
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戦前・戦中は、旭橋の正面には、当時旭川に設置されていた陸軍第七師団の、佐藤巳之助師団長(中将)の筆による「誠」という文字を中心に、忠節・礼儀・武勇・信義・質素の軍人勅諭網領が書かれた旭日章が掲げられており、電車が橋の上を通過する際、車掌は「気をつけ!」と号令をかけたと伝わっています。
また、旭川から戦地へと赴く軍人の多くは第七師団から旭橋を渡って出征して行き、当時は、軍都としての旭川を象徴する橋としても知られていました(そのため師団橋とも呼ばれていたそうです)。

昭和7年に竣工してから80年以上が経った今も現役の橋として使用されている程の、強靭な構造を持つ橋ですが、それは、当時の旭川が師団司令部の置かれていた軍都であった事に起因します。
戦車などの重量物の通行を可能とし、戦時には橋脚が攻撃されても崩落に耐え得る必要性から、旭橋は、当時としては考えられる限りの最新の技術を惜しみなく投入して建設されたのでした。

なお、かつてはこの旭橋と、札幌の豊平橋、釧路の幣舞橋の三橋が、道内でも特に優美な橋として「北海道三大名橋」と云われていましたが、そのうち現在も架橋当時の姿をそのまま残しているのは旭橋だけです。
現在の旭橋は、貴重な産業遺産として「北海道遺産」や「土木学会選奨土木遺産」にも選定されており、また、旧旭川偕行社(国の重要文化財)や平和通買物公園(日本初の恒久的歩行者天国)などと共に「旭川八景」のひとつにも数えられています。
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by bridgelove | 2014-02-26 19:43 | 北海道の橋 | Comments(0)