今月の15~17日にかけて、私は2泊3日の旅程で神戸・淡路島・鳴門・倉敷・岡山を旅行してきたのですが、神戸から淡路島への移動は、明石海峡大橋を渡る高速バスではなく、明石港と岩屋港(淡路島)を連絡する「たこフェリー」(第三セクターの明石淡路フェリー株式会社が運行する航路)を利用しました。
下の写真が、乗船する直前に明石港で撮影した、私が乗船した「たこフェリー」のあさなぎ丸です。
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航路を利用して淡路島へと渡ったのは今回が初めてでしたが、このフェリーは明石海峡大橋の真下をくぐるため、船のデッキからは明石海峡大橋の迫力ある姿を、いつもとは違うアングルから楽しむ事ができました!
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by bridgelove | 2010-02-19 05:30 | 本四連絡橋

今日(2月7日)が「北方領土の日」である事に因み、今回は、日本本土で最も北方領土に近い根室半島(北緯43度23分07秒、東経145度49分01秒)の納沙布岬に建つ、「四島(しま)のかけはし」という、橋のような形をしたモニュメントを紹介させて頂きます。

ちなみに、2月7日がなぜ「北方領土の日」であるのかというと、江戸時代末期の安政元年2月7日、日本とロシアとの間で日露通好条約が調印され、この条約によって、日露両国の国境は択捉島とウルップ島の間と定められ、北方四島(択捉島国後島色丹島歯舞諸島)は日本領、ウルップ島以北の諸島はロシア領と確定し、これ以後、両国間の国境は何度も変わりましたが北方四島は一貫して日本の領土であり続けた事から、平和的な外交交渉により締結されたこの条約を記念して、また、北方領土返還運動を盛り上げるため、昭和56年、この条約が締結された2月7日が閣議により「北方領土の日」と定められたのです。
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上の写真は平成19年7月、道東を旅行した際に納沙布岬で私が撮影してきたもので、このモニュメントが、世界平和と北方領土返還を祈念するため昭和55年に建てられた高さ13mのシンボル像「四島のかけはし」です。北方四島を4つのブロックで表現し、それらが重なり合って大きな“架け橋”の形になっています。
このシンボル像の下には「祈りの火」と呼ばれる点火灯台もあり、ここに灯されている火は昭和47年に沖縄県の波照間島(日本最南端の有人島)から採火されたものだそうです。
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上の写真は、納沙布岬に建つ「平和の塔」という展望塔最上階の展望室(高さ97m)から見下ろした「四島のかけはし」です。
ここの展望室からは、納沙布岬の先3.7kmの海上に浮かぶ、北方領土の中でも最も根室寄りにある歯舞諸島の貝殻島が肉眼でもはっきりと望め、展望室に備え付けの望遠鏡を使うと、貝殻島に建つ建造物の形まではっきりと見る事ができ、日本本土と北方領土の近さを改めて実感しました。
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上の写真は、日本本土最東端を表す、納沙布岬の標柱です。
ここから先の島々も日本領なのですが(行政上、北方領土は北海道根室支庁に属しています)、現実には、この標柱の立っている地点が日本の行政権・司法権の及ぶ最東端地点となっています…。
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by bridgelove | 2010-02-07 22:13 | これも橋?