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この写真は、昨年2月、名古屋市熱田区に鎮座する熱田神宮を参拝・見学した際に、同神宮の境内で撮影した「二十五丁橋」という石橋です。
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この石橋は、25枚の板石が並べられている太鼓橋で、名古屋最古の石橋とも云われており、『尾張名所図会』(おわりめいしょずえ)にも描かれています。
西行法師(平安時代末期~鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人)がこの橋で休んだという伝承もあるそうです。

現在、この橋を渡る事はできませんが(保存のため通行禁止になっております)、同神宮境内中央を南北に貫く表参道のすぐ傍に架かっている為、間近から見学する事はできます。
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by bridgelove | 2009-04-29 05:37 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

平成17年5月、私は、関東を代表する観光地の一つである、神奈川県藤沢市の南に浮かぶ周囲約4kmの小島・江の島に行ってきました。
現在、江の島と本土とは、砂州の上に建設されている「江ノ島弁天橋」という歩行者・自転車専用道と「江ノ島大橋」という車両専用道の2本の橋によって結ばれていますが、明治時代中頃まで、ここに橋はありませんでした。
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江の島に初めて橋が架けられたのは明治24年でしたが、当時の橋は木製の粗末なもので、大風で揺れ、津波には流され、その度に造り直さなければならず、近隣の村民の負担は莫大であったそうです。
大正時代には、関東大震災により発生した津波で橋が流され、渡橋中だった日光からの団体客約60名が橋と共に流されて全員行方不明になるという大事故もあり、また、昭和に入ってからも、相変わらず丸太を組んで繋ぎ合わせて上部に板を引いただけの簡素な造りであった事から、橋からの転落事故がよくあったそうです。

コンクリート製の強固な橋が初めて建設されたのは昭和24年3月で、それまで単に「桟橋」「江ノ島桟橋」などと称されていた橋はこの時から、一般公募により決められた「江ノ島弁天橋」という名で呼ばれるようになりました。
ただ、橋桁は強固であったものの橋上は木製であったため、観光客の増加と共に段々と損傷が激しくなり、そのため昭和33年には、台風でも壊れる事の無い更に強固な鉄筋コンクリート製の、現在の江ノ島弁天橋が架けられました。
その後も何度かの改修が行われ、現在の江ノ島弁天橋はタイル張りの立派な橋になっています。

一方、「江ノ島大橋」は、昭和39年に東京オリンピックのヨット競技の会場に江の島が使われる事になった事から、歩行者・自転車専用の江ノ島弁天橋と平行して、新たに車両専用の橋梁として建設されました。
この橋の完成により、江ノ島大橋は「神奈川県道305号 江の島線」に指定され、全長786mのこの県道のほぼ全域が橋梁となっています。
なお、以前は、午後10時から翌朝5時まで江ノ島大橋は閉鎖されていましたが、現在は深夜も通行が可能になっています。

下の写真はいずれも、平成17年5月に私が撮影したものです。
江ノ島弁天橋と江ノ島大橋は、このように寄り添うように隣接して架けられています。
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by bridgelove | 2009-04-10 06:34 | 東北・関東の橋 | Comments(0)