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一昨年の5月、東京を旅行した際に、皇居を参観して頂きました(事前に宮内庁のホームページから申し込んでから行きました)。
宮内庁職員の案内により、他の見学者達と共に桔梗門から皇居内に入り、元枢密院庁舎、富士見櫓、宮内庁庁舎の前を通って宮殿前(宮殿東庭)まで行き、その後は二重橋を渡るなど、普段は見る事のできない場所をいろいろと歩いて見学する事ができ、(窓明館以外の建物の中に入る事はできなかったものの)私にとってはとても貴重な経験となりました。

ところで、二重橋といえば昔から東京の象徴として、浅草寺や東京タワーと共に東京観光の定番スポットにもなっていますが、一般に二重橋と称されている皇居正門前の石橋は、正確には「正門石橋」といい、現在使われている「二重橋」という呼称は、厳密にはその正門石橋と、更に奥にある「正門鉄橋」の二つの橋の総称です。
正門石橋が二連アーチになっているから二重橋と称されるようになった訳ではなく、技術的な問題から正門鉄橋が二段構造になっていた事から二重橋と称されるようになったそうで、そのため本来の二重橋という言葉は、あくまでも「正門鉄橋」のみを指していました。
時代に経過と共に、正門石橋も「二重橋」に含まれるようになっていったのです。

下の地図で「二重橋」と記されている橋が、その正門鉄橋(本来の二重橋)で、皇居正門前の橋(「丸の内警察署祝田町見張所」の「丸」の字がかかっている橋)が、一般に二重橋と称されている二連アーチの正門石橋です。
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下の写真は、丸の内警察署祝田町見張所の前から見た、二重橋濠に架かっている正門石橋と、皇居正門です。
なお、この正門石橋は、通常は渡る事はできません。
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下の写真は、正門石橋を東側の側面から撮った、正門石橋の全景です。
静寂の中で見る、少し靄のかかった石橋は、とても幻想的な雰囲気を醸し出していました。
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下の写真は、正門鉄橋の上(正門石橋の西側)から撮影した正門石橋です。
正門鉄橋は皇居内にあるため、ここも事前に申し込んだ参観者以外は、通常は渡れません。
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by bridgelove | 2008-08-21 06:14 | 東北・関東の橋 | Comments(0)

今年の5月、私は広島県や山口県を旅行し、その際に山口県岩国市にある日本三名橋の一つにも数えられている錦帯橋を見学したり渡ってきたりした様子は5月10日の記事にも書かせて頂きましたが、あの後(錦帯橋を吉香公園側に渡った後)、私は吉香公園の中を散策し、そこでも印象深い橋を見つけました。
以下の上段・下段の写真がその石橋(両方とも同じ橋です)で、それぞれ側面・正面から撮りました。
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吉香公園の中には、吉香神社という、岩国藩主吉川氏歴代の御神霊をお祀りする神社が御鎮座されていたのですが、この情緒深い石橋はその神社へと続く橋で、神社の参道の一部を構成していました。
神社自体も、鳥居・神門・拝殿・幣殿・本殿が南から北に一直線に並び、拝殿は入母屋造妻入りでその背面に幣殿が張り出し、本殿は三間社流造で正面に軒唐破風、千鳥破風が付されている、印象深い造りになっていました(多分道外ではこういった古式床しい造りの神社は別に珍しくもないのでしょうが、北海道では珍しいです)。
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by bridgelove | 2008-08-17 06:23 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

e0147022_1547018.jpg前回の記事では、津軽海峡に橋を架けようという壮大な構想がある事を紹介させて頂きましたが、今日は、それを更に上回る超巨大な構想を紹介させて頂きます。
なんと、宗谷海峡に橋を架けて北海道と樺太(サハリン)を繋げようという構想です!

とはいっても、これはあくまでもロシア側が描く構想であり、日本ではほとんど知られておらず、私もたまたま新聞の記事でつい最近知ったばかりなのですが、サハリン州のアレクサンドロ・ホロシャビン知事が先月11日の記者会見で明らかにした所によると、同州ではサハリンと大陸間(7.3km)を鉄路で繋ぐため、間宮海峡(ロシア名はタタール海峡)に鉄道用の橋もしくはトンネル(現時点ではトンネルが有力視されているそうです)を建設する構想があり、予定では3年後にはそのルートを着工する事になっているそうなのですが、その後、サハリンと稚内間(約43km)を繋ぐため宗谷海峡にも大橋を架けて、それにより日本と欧州を一本の鉄路で結んで日欧間の貨物をサハリン経由で輸送したいという考えのようです。
この壮大な構想の背景にあるのは、原油高騰で得た潤沢なロシアマネーと見られていますが、建設費用などはまだ発表されておらず不明です。

サハリンの鉄道は、日本統治時代の名残で日本の在来線と同じ1067mmの線路幅を採用しているのですが、サハリン鉄道局では3年前から、将来の大陸直結に向けて、線路幅をロシア標準の1520mmに広げる工事に着手しており、7年後までにはサハリン全土の線路幅の改修を完了させるとしており、これにより、石炭やセメント、重機などを大陸と同じ車両で効率的に運べるようになります。

この改修工事が完了し、且つ間宮海峡を横断する橋もしくはトンネルが完成すれば、確かにサハリンと大陸は一本の鉄路で結ばれるようになります。
しかし宗谷海峡は、間宮海峡や津軽海峡よりもずっと広大なため橋の建設は技術的に困難であり、また、同一国内の海峡である間宮海峡や津軽海峡とは違い国境を跨ぐという事情(そもそも日本にとって南樺太は現在でも帰属未定地です)や、日本側の合意が建設の大前提である事などから(しかも日本はロシア側に合わせて線路幅を改軌する心算は全くないです)、宗谷海峡を鉄路で結ぶ構想には、現時点では余りにも課題が多く、津軽海峡大橋よりもその実現性は低いと言わざるを得ません。
とはいえ、サハリン州はこの構想の実現にかなり本気らしく、今後、官民を挙げてこれらの構想の実現に取り組むとしており、先月からは世論喚起のため、子供達が大橋の想像図を描く絵画コンクール「サハリン・北海道間に橋を造ろう」を開始しているそうです(道内からの応募も受け付けているそうです)。

私個人としては、この大橋そのものが実際に建設される事よりも、ロシア側がこの大橋の建設を熱望するようになれば、日本にとっては北方領土返還交渉の有力の切り札としてこの構想を利用する事ができるようになるのではないか、という事に期待しています。夢もロマンもない“大人”な意見で申し訳ないですけど(笑)。
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by bridgelove | 2008-08-01 04:42 | 海外の橋 | Comments(0)