カテゴリ:神社仏閣の橋( 24 )

私は先月上旬、2泊3日の日程で、奈良県の吉野や、京都・大阪方面を旅行してきたのですが、大阪では、全国に約2,300社あるといわれている住吉神社の総本宮「住吉大社」を参拝・見学してきました。

住吉大社でお祀りしている御祭神は、底筒男命、中筒男命、表筒男命、神功皇后の4柱で、御祭神1柱につき1棟の本殿(いずれも国宝で建築様式は住吉造)が建っているため、本殿は、第一本宮、第二本宮、第三本宮、第四本宮と全部で4棟もあり、これは住吉大社の大きな特徴のひとつになっています。
そして、私が個人的に住吉大社のもうひとつの大きな特徴と解しているのが、境内の池に架かっている、「反橋」と称される大きな太鼓橋です。

参道の一部にもなっているこの橋の長さは約20m、幅は約5.8m、橋中央部の高さは約4.4mあり、中央部を頂点として半円状に反った形状で、最大傾斜は約48度あります。
住吉大社の公式ホームページによると、この橋が半円状に反った形状になっているのは、地上にある人の国と天上にある神の国とを繋ぐ掛け橋として、虹を模ったためで、参拝者はお参りに先立ってこの橋を渡る事で、罪や穢れが祓われるそうです。
つまり、我々が暮らす俗世間と神様の鎮座する聖域の境界を跨いで結んでいる、という橋でもあるようです。

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なお、この反橋は、「浪速の名橋50選」にも選定されており、川端康成の小説「反橋」の舞台となった事でも知られています。
この橋を渡らなくても本殿へと行く事は出来るのですが(いくつかルートがあるので)、もしこれから住吉大社をお参りされる方は、本殿へのメインルートであるこの反橋を渡って参拝する事を、是非ともオススメ致します。


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by bridgelove | 2016-06-02 22:20 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

私は先月下旬、東京や栃木県の足利などを旅行してきたのですが、足利で特に私の印象に残ったのが、鑁阿寺(ばんなじ)という、真言宗の古刹でした。
鑁阿寺は、「足利氏宅跡」として境内全体が国の史跡に指定されている他、国宝や重文に指定されている貴重な文化財も多数所蔵しており、いろいろと見所の多いお寺でした。


なお、このお寺について私の思う事などは以下の記事に詳述しましたので、鑁阿寺そのものの解説についてはここでは割愛致します。興味のある方は、是非以下の記事も併せて御一読下さい。
http://muromachi.blog.jp/archives/1053286051.html


今回の記事では、鑁阿寺境内の正面出入口に当たる楼門(山門)の直ぐ前に架橋されている、屋根付きの実に風情のある太鼓橋を紹介致します。
この橋(調査不足で申し訳ありませんが橋の名前は分かりません)は、楼門と繋がっているわけではないのですが、少し離れた所から見ると楼門と一体化しているようにも見え、かなり立派な瓦屋根を伴っているのが大きな特徴です。

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なお、この橋の詳細は分からないのですが、橋に近接している楼門は、室町幕府第13代将軍の足利義輝が室町時代後期に再建したもので、両脇に金剛力士立像がある事から仁王門とも称されており、現在は栃木県の指定文化財に登録されています。


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by bridgelove | 2016-04-02 05:02 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

前回の記事では、京都市東山区本町にある古刹・東福寺の境内に架かる臥雲橋・通天橋、そして、それらの橋から望む紅葉を紹介しましたが、今回の記事では、その東福寺境内の、三門前の池に架かっていた石橋を紹介します。

東福寺には、室町幕府第4代将軍・足利義持が再建した、現存する禅寺の三門としては日本最古の「三門」があります。上層に釈迦如来と十六羅漢を安置する折衷様の、壮大な五間三戸二重門です。
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その三門の正面にある長方形の蓮池の中央に、小さな石橋が架かっています。
前述の臥雲橋や通天橋とは離れた場所にあり、実際に人が渡れる構造の橋でもありますが、池の周囲に垣根があって立入禁止となっているため、一般の参拝者がこの橋を渡る機会は、通常はまず無さそうです。特別な行事や仏事の時には使われるのかもしれませんが。
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いかにも禅寺っぽく、装飾などは一切無い質素な、それでいて剛健な雰囲気を持つ小橋です。
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by bridgelove | 2014-12-11 05:54 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

私は先月の中頃、2泊3日の日程で京都・大阪方面を旅行してきたのですが、その際、京都市東山区本町にある、臨済宗東福寺派大本山・東福寺に行ってきました。
京都市内の某学校に在学していた2年間、私は京阪電車で学校へ通学していたため、当時は毎日東福寺駅を通過しており、東福寺駅で下車した事も数回程ありましたが、実際に東福寺へと行ったのは今回が初めてでした。

1236年(鎌倉時代)に創建された東福寺は、現存する禅寺の三門としては日本最古で国宝でもある「三門」、昭和期の木造建築としては最大級とされる昭和9年に再建された「仏殿」(本堂)、明治23年に再建され近代芸術の抽象的構成をとり入れた枯山水庭園を含む「方丈」、昭憲皇太后の恩賜建築である「庫裏」などから成る主要伽藍を中心に、25の塔頭(山内寺院)を有する大寺院で、京都五山第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えてきました。

その広大な境内の、主要伽藍の北には洗玉澗(せんぎょくかん)という名の渓谷があり、洗玉澗には、西から東へ臥雲橋、通天橋、偃月橋という3本の橋(東福寺三名橋)が架けられています。
そのうちの通天橋は、本堂から通じる廊下がそのまま屋根付きの橋となったもので、この橋から望む秋の景色は特に紅葉が美しい事でも知られており、今回は、これらの橋と、境内の紅葉を見るため、東福寺へと行ってきました。
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以下の写真4枚は、南北に架かる臥雲橋を、北側から南側へと渡った際に撮影した写真です。なかなか風情のある橋です。
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以下の写真は、臥雲橋の橋上(橋廊)から望んだ、通天橋と境内の紅葉です。
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そして、以下の写真3枚は、臥雲橋と並行して架かる通天橋を、南側から北側へと渡った際に撮影した写真です。通天橋は、仏殿・方丈と、開山堂などを連絡する廊下の一部となっている橋です。
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以下の写真2枚は、通天橋の橋上(橋廊)から望んだ、臥雲橋と境内の紅葉です。とても綺麗な景色でした!
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ちなみに、通天橋は1380年(南北朝時代)に洗玉澗に架けられ、昭和34年に台風により一度崩壊しましたが、2年後には再建されました。その際、橋脚部分は鉄筋コンクリートになりました。
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by bridgelove | 2014-12-03 07:01 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

私は今月中旬、2泊3日の日程で関西(主に京都・大阪・和歌山方面)を旅行してきたのですが、その際(3日目の午前中)、和歌山県和歌山市伊太祈曽に鎮座する伊太祁曽(いたきそ)神社を参拝・見学してきました。

伊太祁曽神社は、日本書紀によると我が国に樹木を植えて廻ったとされる、「木の神様」として慕われている五十猛命(いたけるのみこと)を主祭神としてお祀りする神社で、式内社(名神大社)であり、紀伊国一宮でもあります。ちなみに、旧社格は官幣中社でした。
その伊太祁曽神社の二之鳥居から本殿まで、一直線に続く参道の一部として、境内の池に架橋されているのが、この太鼓橋です。

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神社の境内にある太鼓橋には、人間(参拝者)が渡る事を主体にして造られている橋と、専ら御神霊がお渡りになるものとして、または御神威の発揚のため、最初から人間が歩いて渡る事はほとんど想定していない橋(例えば、平成20年5月13日の記事で取り上げた彌彦神社の玉ノ橋や、平成24年11月20日の記事で取り上げた誉田八幡宮の放生橋など)の二つの形式がありますが、伊太祁曽神社の太鼓橋は前者のタイプの橋で、そのため太鼓橋としては傾斜は緩やかで、どなたでも容易に渡る事が出来る形状・構造になっています。

また、このタイプ(参拝者が渡る事を主体にして造られている神社境内の橋)の中には、例えば平成22年11月5日の記事で取り上げた亀田八幡宮境内の太鼓橋や、平成24年3月25日の記事で取り上げた岩津天満宮の御神橋などのように、橋本来の目的からは(少なくとも単に通行する上では)そこに橋がある必然性はほぼ全く無く、信仰上の理由から(もしくは遺構としての価値から)のみ形式的に存在する橋というのも少なからずありますが、伊太祁曽神社の太鼓橋は、境内にある池を跨いで架橋されており、参拝する上でも欠く事の出来ない存在であるのみならず、その池や、池周辺の緑豊かな木々の風景と合わせ、境内の風光明媚な光景を彩る効果的なアクセントのひとつにもなっています。

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下の1枚目の写真は、二之鳥居の手前正面から撮った太鼓橋、2枚目の写真は、逆方向(本殿側の方角)から撮った太鼓橋です。
ちなみに、私が訪れた時は生憎、修繕工事中であったため、私はこの橋を渡る事は出来なかったのですが、後で聞いたところ、その翌日にはもう橋は渡れる状態になっていたそうです。タイミング的には、ちょっと残念でした!

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神社の境内に架かる、参道の一部となっているこのような橋は、信仰上、聖俗の境界(結界)としての役割を担っている事が多く、参拝者はその橋を渡る事で斎戒をし、心身共に清々しくなります。
次に伊太祁曽神社をお参りする機会があった際は、私も是非この橋を渡ってみたいと思います!



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by bridgelove | 2014-07-29 06:22 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

先月下旬、富山県の立山方面を旅行してきた際、私は立山町に鎮座する雄山神社中宮祈願殿を参拝・見学してきました。
ここは、明治初期の神仏分離により神社となり、雄山神社を構成する三社のうちの一社となりましたが、それ以前の神仏習合の時代はかなり仏教色が強かったお宮で、立山修験の一大拠点でもあり、芦峅寺(あしくらじ)と称されていました(つまり、神社というよりはほとんどお寺でした)。

しかし、廃仏毀釈により仏教色が濃厚であった立山信仰は大きな打撃を受け、沢山建ち並んでいた寺堂など関連施設の多くは破壊され、芦峅寺も境内は大幅に縮小されてしまいました。
とはいえ、雄山神社中宮祈願殿の境内を歩いてみると、鬱蒼と茂る木々に覆われた境内は、私にとっては今も十分広く感じました。

その境内のほぼ中央に位置しているのが、「斎戒橋」という小さな石橋です。
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雄山神社中宮祈願殿の境内を鳥居から奥に向かって伸びる参道は、境内の中程で二股(Y字)に分岐し、分岐点となる地(Y字の間)には立山開山御廟(霊山立山を開山し後に慈興上人と称された佐伯有頼公の御廟)が、そして、分岐点から西側に延びる参道の途中には祈願殿、その奥には立山大宮(西本殿)が、東側に延びる参道の奥には立山若宮(東本殿)が、それぞれ鎮座しています。
斎戒橋は、その分岐点のすぐ手前の参道上に位置しています。
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とても小さな橋ではありますが、立山大宮、立山若宮、立山開山御廟のいずれにお参りする場合でも参拝者は必ず通る事になる石橋で、その名の通りこの橋には、一種の結界ともいえる川をこの橋を通って渡る事で参拝者は自ずと斎戒をし心身共に清々しくなる、という意味が込められているのでしょう。
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by bridgelove | 2013-10-14 23:48 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

平成20年8月、大阪府羽曳野市を散策してきた際、私は同市内の応神天皇陵(正式には惠我藻伏崗陵という名の前方後円墳)に隣接して鎮座する、応神天皇を主祭神としてお祀りする誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)をお参りしてきました。
欽明天皇の命により建立したと伝わる、「日本最古の八幡宮」としても知られているお宮です。

私はその誉田八幡宮の境内で、放生橋(ほうじょうばし)という名の、長さ4m、幅3m、高さ3.5mの、大変興味深い太鼓橋を見学してきました。
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放生川に架かる花崗岩製のこの反橋は、鎌倉時代に造られたと伝えられており、通常は立入禁止となっていますが、毎年9月15日の誉田八幡宮例祭の夜には、神様をお乗せした鳳輦が人々に担がれてこの橋をお渡りになり、誉田八幡宮から応神天皇陵の濠のほとりへと渡御し、そこで祝詞奏上や神楽奉納などの神事が行われるそうです。
かつては、陵墓の頂上まで渡御していたといい、応神天皇を主祭神とする誉田八幡宮と、応神天皇陵との、古くからの深い繋がりが窺われます。

神社の境内に架けられている橋の形式には、人間(参拝者)が渡る事を主体にして造られた橋と、神々の神霊がお渡りになるものとして、または御神威の発揚のため、神々に捧げられた橋の二つに大別する事ができますが、この放生橋は明らかに後者のタイプの橋で、神々しい荘厳な形式を採っていますが、それ故に、御覧にように人間にとってはかなり渡り辛い形になっています。
以前の記事で紹介した彌彦神社の玉ノ橋(新潟県西蒲原郡弥彦村)も、こういったタイプの橋といえます。

また、通行禁止にはなっていないため参拝者も渡る事はできますが、住吉大社の住吉反橋(大阪市住吉区)や、多賀大社の太閤橋(滋賀県多賀町)なども、その形状からも明らかなように、参拝者よりは神様が渡る事のほうが主体になっている橋といえます。
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by bridgelove | 2012-11-20 12:36 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

先月、信仰と眺望の霊山として、また観梅の名所として知られる、愛知県岡崎市に鎮座する岩津天満宮をお参りして来ました。
下の写真は、その岩津天満宮の、二の鳥居をくぐったすぐ先にある太鼓橋です。
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この太鼓橋は、丁度2年前の平成22年2月に竣功したばかりの橋で、平成22年11月5日の記事で紹介した太鼓橋もそうでしたが実際に川・池・道路・線路等を跨いでいる訳ではなく、この橋は神様や参詣者の通り道として、その象徴としての“御神橋”として、ここに造られたようです。

橋の傍らに掲げられている看板には、「御神橋は神様がお渡りになる大切な橋です。この橋を渡ってお参りすると、縁起が良く、ご利益を得られると言われています。足元に気をつけてゆっくりとお渡り下さい」と記されていました。
また、岩津天満宮のホームページには、「岩津天満宮のご参拝は鳥居をくぐり神橋を渡ることで、天神様のさらなる御加護を頂くことができます。神橋の欄干の左右には願掛け撫で牛が鎮座しています。願いごとを唱えながら牛を撫で、そして天神山頂上の境内まで石段をお登りください」と記されています。


※ 下記の文章は、このブログやこの記事とは全く関係ありません。別のブログで行われているある企画に連動して書かれているものなので、その企画を関知されていない方はスルーして下さい。
【6】 体調管理に万全を期しつつ、この4月を乗り切りたいと思います。

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by bridgelove | 2012-03-25 23:19 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

三重県伊勢市を流れる五十鈴川に架かる、内宮(伊勢の神宮で最も神聖とされる神域)へと通じる宇治橋については、過去の記事でも何度か紹介しましたので(以下の各記事参照)、ここでは詳しい解説は割愛しますが、私は先月伊勢に行く機会があったので、再びこの橋を渡って内宮へお参りに行ってきました。
http://bridgelove.exblog.jp/7813516/
http://bridgelove.exblog.jp/11926662/
http://bridgelove.exblog.jp/15157886/

以下は、今回私が撮ってきた宇治橋の写真です。
今回は橋の各所をじっくりと見学してきました。御神域の入口に相応しい、常に清々しい雰囲気が感じられる木造和橋です。
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宇治橋は、木造住宅16軒分の材木が使われており、しかもそれのどれもが木曽の御杣山(みそまやま)から伐採された特に良質なヒノキであるため、万一失敗を犯すと代りの材を求める事ができず、その上、特殊な伝統工法で造られる(延べ350余りの部材を組み立てるのに釘一本用いません)ため、建設にあたっては普通の木造建築の何倍もの手間がかかり、大変気を遣うそうです。
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by bridgelove | 2012-03-10 05:55 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)

私は先週、4泊5日の日程で三重県伊勢市で開催された研修に行って来たのですが、その研修会場が、広大な伊勢の神宮の中でも特に神聖な聖域とされる内宮に近い場所にあったため(研修会場から、内宮の入口に当たる宇治橋までの距離は約500mでした)、研修期間中も含め、伊勢滞在中は何度か内宮へお参りに行ってきました。

内宮に何回も行ってきた訳ですから、当然宇治橋も、何回も渡ってきました。
この宇治橋については、平成20年3月2日の記事昨年1月7日の記事でも紹介させて頂いたので、ここでは詳細は割愛しますが、私にとって、今から約1年半前(一昨年11月)に架け替えが完了してから宇治橋を見たり渡ったりするのは、今回が初めてでした。
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上の写真でもお判り戴けると思いますが、宇治橋は歩行者専用橋で、右側通行です。
宇治橋は、年間で平均約600万人もの人々が渡る橋ですが、昨年の神宮参拝者数は過去最高の880万人を記録したとの事なので、単純に計算すると、昨年は一年間だけで880万人もの人々がこの橋を渡った事になります。

宇治橋は20年に一度架け替えられるので、年間600万人だとしても、20年間で、日本人の総人口とほぼ同じ約1億2000万人もの人々がこの橋を渡る計算になります。
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by bridgelove | 2011-07-21 05:20 | 神社仏閣の橋 | Comments(0)