前回の記事では、今年の1月下旬に、香川県坂出市の瀬戸大橋記念公園にある「瀬戸大橋タワー」に上ってきた事を紹介させて頂きましたが、そのタワーの展望台(キャビン)からの眺望を楽しんだ後は、同公園内にある「瀬戸大橋記念館」も見学してきました。
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瀬戸大橋記念館は、瀬戸大橋架橋の意義を長く後世に伝えるため、瀬戸大橋架橋記念博覧会終了後に、同博覧会のパビリオンを活用して昭和63年11月に開館した地上4階建の施設です。
館内では、瀬戸内海をめぐる交流の歴史、瀬戸大橋が着工するまでの過程、9年半に及ぶ架橋工事の全貌、架橋のテクノロジーとドラマなどが、大型写真パネル・映像・動く模型・ジオラマなどで分かりやすく紹介されています。

以下の写真7枚は、私が同記念館で見学・撮影した瀬戸大橋全景のジオラマです。
巨大なジオラマで、とても写真1枚に収まるサイズではないため、香川県側(南備讃瀬戸大橋)から岡山県側(下津井瀬戸大橋)に向かって順次写真をアップしました。
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以下の写真3枚は、瀬戸大橋の架橋再現模型です。巨大な橋だけに、架橋工事の規模も巨大でダイナミックです!
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以下の写真8枚は、瀬戸大橋を構成する各橋の一部を拡大して再現している模型です。橋の構造がよく分かります!
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記念館を出る前に、記念館1階の売店でいろいろと買い物をしたら、会計時、瀬戸大橋(の中でも最長の吊り橋である南備讃瀬戸大橋でしょうか)がモチーフとなっているネクタイピンとカフスのセットを頂きました。
非売品らしく、カフスの裏には「坂出市」という三文字が彫刻されていました。良い記念になりました♪
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瀬戸大橋記念館を一通り見学した後は、改めて瀬戸大橋記念公園内を散策したり瀬戸大橋を眺めるなどして、この日は、限られた時間の中で瀬戸大橋を心ゆくまで満喫してきました!
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by bridgelove | 2015-04-16 04:19 | 本四連絡橋

私は今年の1月下旬、2泊3日の日程で関西・四国方面を旅行してきました。

今回の旅行では、まず初日は、いつも通り夕方まで職場(札幌市内)で勤務し、その後、新千歳空港を夜発つ便に乗って関空へと飛びました。
翌日(旅行2日目)は、朝から新大阪駅より山陽新幹線を利用して岡山へ行き、岡山駅で瀬戸大橋線の電車に乗り換えて、その日の午前中のうちに四国へと入りました。
四国では、瀬戸大橋タワーや瀬戸大橋記念館を見学するため、香川県坂出市にある瀬戸大橋記念公園に行って来ました。本州四国連絡橋好きの私にとっては、ここはどうしても外せないスポットでした(笑)。

そして瀬戸大橋記念公園を一通り見学した後、坂出から高松まで移動し、お昼は高松市内を少し散策するなどして、その日の夜までに、また瀬戸大橋線と山陽新幹線を乗り継いで大阪へと戻ってきました。
その翌日(最終日)は、主に京都市内を散策するなどしてから、夕方頃に京都駅前から高速バスに乗って伊丹へと行き、その日の夜、伊丹空港発の便に乗って札幌へと帰ってきました。

…と、いう感じの旅行だったのですが、今回の記事では、このうち2日目に見学してきた瀬戸大橋タワーや、タワーからの眺望についての写真をアップさせて頂きます。
瀬戸大橋タワーに上ったり、タワー展望台から瀬戸大橋を望む事は、私にとって今回の旅行の主目的(いくつかありましたが)のひとつでした。
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昭和63年、瀬戸大橋の開通を記念して、岡山・香川県の両会場で「瀬戸大橋架橋記念博覧会」(瀬戸大橋博'88)が開催されました。その際、香川県側の会場となった坂出市番の洲の一角に建設されたのが、高さ108m(避雷針を含む全高は132m)のこの瀬戸大橋タワーです。
博覧会終了後、坂出の会場跡地は香川県営の瀬戸大橋記念公園として再整備され、園内の瀬戸大橋タワーは恒久施設として、瀬戸大橋タワー株式会社が運営するようになりました。
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というわけで、瀬戸大橋記念公園に着いた私は、早速このタワーに上ってきました。
但し、タワーに上る、とはいっても、階段等を直接歩いて上る、もしくは、専用のエレベーターやエスカレータに乗って展望台まで上る、というわけではなく、展望台そのものが回転式のエレベーターとなっており、その展望台が、円柱状のタワー外壁に沿ってゆるやかに回転しながら上昇するのです。
つまり、まず、下降している展望台(キャビン)に地上階で乗り込み、後は、その展望台ごと最頂部まで上がるのです。 遊園地のアトラクションみたいな感じで面白かったです。
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以下の写真3枚と動画は、最頂部(地上108m)まで上昇した瀬戸大橋タワー展望台から私が撮影した景観で、勿論、瀬戸大橋も間近にはっきりと見えました。
キャビンの定員は100人なのですが、この時は私と私の連れ以外にお客さんはおらず、私達二人だけの貸切状態で、上昇、最頂部での3回転、下降と合わせて、トータルで約10分の空中散歩を楽しんできました。
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そして、瀬戸大橋タワーから瀬戸大橋の眺望を楽しんだ後は、瀬戸大橋記念館の館内展示物を見学したり、記念館前から改めて瀬戸大橋を眺めるなどし、また、この日は往路も復路も共に瀬戸大橋線の電車に乗るなどし、大いに瀬戸大橋を満喫してきました!
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by bridgelove | 2015-04-09 04:17 | 本四連絡橋

丁度20年前の今日、平成7年1月17日、兵庫県の淡路島北部沖の明石海峡の深さ16kmを震源とするマグニチュード7.3の激震が関西地方を襲いました。淡路島北部の野島断層など六甲・淡路島断層帯の一部が動いた大型地震で、神戸市や淡路島の一部などでは震度7を記録しました。

都市部を襲った直下型だったため被害は大きく、死者6,434名(そのうち災害関連死による死者は919名)、行方不明3名、負傷者43,792名、全半壊家屋合計249,180棟(約46万世帯)、一部損壊家屋390,506棟、被害総額は9兆9,268億円(国予算のほぼ1割の規模)という甚大な被害が出ました。
その「阪神・淡路大震災」から20年という節目の今日、改めて、震災で亡くなられた方々の御霊(みたま)の安らかなる事、心よりお祈り申し上げます…。

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ところで、阪神・淡路大震災を引き起こす事となったこの「1995年(平成7年)兵庫県南部地震」の震源地は、前述のように、淡路島北部沖の明石海峡でした。つまり、当時建設中であった、淡路市と神戸市を結ぶ世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」のほぼ真下が震源であったという事です。
地震発生時、明石海峡大橋では、既に主塔の設置は完了しており、当時は、吊り橋にとっては主塔と共に最も重要な要素であるメインケーブルの架設(張り渡し)を終えた段階で、建設は佳境に入っておりましたが、幸いにして、震源直上であった割には橋は大きな被害は受けませんでした。とはいえ、全く何の影響も受けなかったわけではありません。

地震後直ぐに行われた点検では、橋の構造上の異常は見つかりませんでしたが、計測の結果、中央径間の広がりと、橋台が移動している事が分かりました。この移動は、基礎がずれた事が原因ではなく、大地震により、地盤自体が動いた事によるものでした。つまり、地震により、本州と淡路島の間が1m広がったのです。
幸い、この1mの広がりは未製作の桁のパネルの長さを調整する事で対応でき、その後の詳しい解析でも橋に大きなダメージは見つからず、震災から3年後の平成10年に、明石海峡大橋は無事開業を迎える事ができました。

以下の3枚の写真は、上から順に、平成7年1月(地震発生直後)、同年12月、翌平成8年10月に、それぞれ上空から撮影された明石海峡大橋です。

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建設当初の明石海峡大橋は全長3,910m、中央支間1,990mでしたが、主塔と主塔の間が1m伸びた事により、完成した同橋は全長3,911m、中央支間1,991mとなりました。
国内史上初の震度7を記録した兵庫県南部地震に耐え抜き、阪神・淡路大地震という未曾有のアクシデントをも乗り越えて完成した明石海峡大橋は、直下で発生したその地震によって、図らずも橋の全長が1m伸張する事になったのです。


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by bridgelove | 2015-01-17 21:18 | 本四連絡橋

先月下旬、私は関西を旅行してきたのですが、関西から札幌への帰路は、神戸空港を発つ便を利用しました。そして、その便に搭乗するため、神戸市中心部の三宮から神戸空港まではポートライナーに乗車しました。

以下の写真は、その際にポートライナーの終点・神戸空港駅のホーム端から撮影した、世界最長の吊橋「明石海峡大橋」です。
今までこの駅は何度か利用していますが、ここから明石海峡大橋が望めるという事に、私は遅ればせながらこの時初めて気が付きました。今更気付くなんて、ボーっとしていたらダメですね!
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夕日と明石海峡大橋の組み合わせは、なかなかキレイでした!
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by bridgelove | 2014-04-11 20:20 | 本四連絡橋

平成21年8月31日の記事では、「明石海峡大橋ブリッジワールド」という約2時間半のツアーに参加するに当たって、まずはツアー参加者全員で明石海峡大橋建設の過程が15分程にまとめられたDVDを観賞した、という事と、そのDVDはツアー終了後にお土産として全員に配られた、という事を紹介させて頂きましたが、昨日、久々にそのDVDを観返してみました。
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本州四国連絡高速道路株式会社神戸管理センターが企画・作成したドキュメンタリー作品で、分かりやすく、上手く構成されていて、なかなか面白かったです。

以下に、その映像の一部を紹介させて頂きます。

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▲ 1/100の全橋模型等により風洞実験
着工に先立って繰り返し行われたこの実験を元に、明石海峡大橋は秒速80m暴風にも耐えられるよう設計されました。

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▲ 明石海峡大橋最初の工事となる主塔基礎の海中掘削
ひと掴みダンプトラック8台分のグラブバケットが、60mもの大水深下で潮の流れと戦いました。

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▲ 橋脚の型枠ケーソンの海上運搬
平成元年3月、海底の掘削と並行して工場で造られていた、総重量15,800トンのケーソンが曳航されて明石海峡にやってきました。

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▲ ケーソンの沈設
曳航されてきたケーソンの内部に水を注入し、ケーソンの位置や傾斜を細かく修正しながら、予定の位置に正確に沈められました。設置誤差は僅か5cmでした。

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▲ ケーソン内部への水中コンクリート打設
打設は、コンクリートが固まる時に出す熱の影響を考え、内側から外側の順で進められました。

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▲ ケーソン内部への水中コンクリート打設
一回の打設量は9,000立方メートルで、打設は三昼夜連続で進められ、一年間に亘って繰り返し続けられました。

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▲ 主塔基礎の完成
激しい潮流と戦う事4年と3ヶ月を経て、明石海峡の水深60mに、無事2基の主塔基礎が完成しました。

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▲ アンカレイジ基礎の建設
舞子作業基地では、アンカレイジ基礎の建設が進んでいました。基礎を支える地盤は遥か65mの地下にあるため、まず直径85mの円筒形の地下連続壁を造って、内部を掘削する方法が採られました。

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▲ アンカレイジ基礎の建設
一年半後、地下65mの神戸層に到達し、深く巨大なこの穴の中に、23万立法メートルのコンクリートが詰められました。

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▲ アンカレイジ躯体の建設
巨大なケーブルアンカーフレームが運ばれてきました。

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▲ アンカレイジ躯体の完成
14万立法メートルの高流動コンクリートが打設され、世界最大のアンカレイジは着工から5年を経て完成しました。

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▲ 主塔の架設
主塔の工事も始まりました。

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▲ 主塔の架設
30段に分かれているブロックを慎重に重ね合わせ、塔を立ち上げていきます。

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▲ 主塔の完成
ブロックを築き上げ、高さ297mの巨大な塔が全貌を表しました。

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▲ ヘリコプターによるパイロットロープの渡海作業
風が無い日を選んで行われました。パイロットロープの直径は僅か1cmで、この細いロープから巨大なケーブルが生まれます。

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▲ ヘリコプターによるパイロットロープの渡海作業
本州と淡路島は、パイロットロープで初めてひとつに結ばれました。

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▲ キャットウォークの確保
パイロットロープを手掛かりに、空中作業足場キャットウォークが作られます。

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▲ キャットウォークの確保
キャットウォークとは、元々は高所にある猫の通り道の事で、自然にできたものの他、飼い主等が人為的につけたものも含むため、それが転じて、高所用の通路や足場の代名詞となりました。

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▲ ケーブルの架設
ケーブル工事が始まりました。工場でリールに巻き取られた全長4,070mのストランドが次々に引き出されていきます。

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▲ 大ブロックの一括架設
着工から7年目の6月、橋桁となる大ブロックの一括架設が始まりました。大ブロックの重さは1,800トンで、これは海だから動かせる重さです。

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▲ 大ブロックの一括架設
航路から外れている6箇所で一括架設が行われました。これは主塔直下での架設です。

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▲ 大ブロックの一括架設
これはアンカレイジ間近での架設です。

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▲ 航路上でのブロック組み立て
大ブロックで架設した所を足がかりに、今度は航路上に桁を張り出していきます。大型クレーンで主構トラスや主横トラスを架設していきます。

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▲ 航路上でのブロック組み立て
主構トラスや主横トラスを架設した後、道路面となる鋼床板を架設します。作業は、直下を往来する船舶に細心の注意を払いながら行われました。ちなみに、明石海峡大橋の船の往来は一日およそ1,400隻で、国際航路のため巨大船も多く航行します。

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▲ 最後のブロック架設
平成9年8月、ついに最後の部材を架設する時を迎えました。

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▲ 閉合式
明石海峡大橋の橋桁が、ついにひとつに繋がりました。

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▲ 舗装工事
これが終わると、後は開通の日を待つばかりです。

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▲ 開通直前の一般公開
開通の日を間近に控えて、総勢40万人が世界で一番長い吊橋を渡りました。

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▲ 開通直前の一般公開
開通を前に、だんじり(山車)も明石海峡を渡りました。

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▲ 明石海峡大橋開通
平成10年4月5日、工事を開始して10年、いよいよ開通式の日を迎えました。我が国の橋梁技術の総力を結集して完成した明石海峡大橋は、ついに世界の吊橋の頂点に立ちました。
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by bridgelove | 2013-05-25 02:48 | 本四連絡橋

先月末頃、私は2泊3日の日程で関西(神戸・大阪・京都方面)を旅行してきました
下の写真は、その旅行中、山陽電鉄の山陽垂水駅で下車した際に同駅のホーム西端から撮影した風景です。
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左側に余計なもの(架線柱の鉄柱)が大きく写っており、写真としては良い出来ではありませんが、山陽垂水駅から姫路方面に向って発車した阪神電車(阪神電鉄と山陽電鉄は相互乗り入れしているのです)が見えなくなってしまう前に、阪神電車と明石海峡大橋を同時に写したくて急いで撮ったら、このような写真になってしまいました。
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by bridgelove | 2011-04-03 20:15 | 本四連絡橋

先日、使用済のものではありますが、JR四国が発行した瀬戸大橋のオレンジカードを入手しました。
本州四国連絡橋3ルートのうち、一般に「瀬戸大橋」と称される児島・坂出ルートの各橋梁(上段に道路、下段に鉄道の線路が敷設されている上下二層の長大橋梁群)の全景を上空から撮影したもので、吊橋・斜張橋・トラス橋など世界最大級の橋梁が海上に連なるその姿はなかなか壮観です。
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私は今年の3月、2泊3日の旅程で神戸・淡路島・鳴門・倉敷・岡山を旅行してきたのですが、その時は、本州(明石)からフェリーに乗って淡路島へと入り、淡路島からは高速バスに乗り換え大鳴門橋を渡って四国へと入り、そして四国からはJRの電車に乗って瀬戸大橋を渡って再び本州へと戻ってきました。
ですから、私はその時に瀬戸大橋を渡っており、しかも、その時が私にとっては初めて瀬戸大橋を渡った時でもあったのですが、ただ残念な事に、私が電車で瀬戸大橋を渡った時は既に日が落ちていたため周囲は真っ暗で、本来であれば車窓に美しく広がるはずの瀬戸内海の景色は全く楽しめませんでした。

今度は明るい時に瀬戸大橋を渡らねば、と思っています!
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by bridgelove | 2010-06-27 23:35 | 本四連絡橋

先月、岡山駅から新神戸駅まで、山陽新幹線の「のぞみ」に乗ったのですが、その際、西明石駅を過ぎた直後に車窓の景色を撮影したのが下の写真です。
この距離、この角度から明石海峡大橋を見るのは初めてで、ちょっと嬉しかったです(笑)。
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ちなみに、下の写真が、この時私が乗ったN700系新幹線電車の「のぞみ」です。これは新神戸で下車した直後に撮りました。
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by bridgelove | 2010-03-13 12:45 | 本四連絡橋

前回の記事でも報告させて頂いたように、私は先月の15~17日にかけて、2泊3日の旅程で神戸・淡路島・鳴門・倉敷・岡山を旅行してきました。
神戸から淡路島へは「たこフェリー」を利用しましたが、淡路島から四国本土へは高速バスを利用し、大鳴門橋を渡って四国へ入りました。
私が大鳴門橋を通ったのは今回が2回目で、バイクで日本縦断をして以来、凡そ10年ぶりの事でした。

大鳴門橋は、淡路島(兵庫県南あわじ市)と四国(徳島県鳴門市)を結ぶ、全長1,629mの長大な吊橋(型式としては3径間2ヒンジ補剛トラス吊橋)で、主塔の高さは海面上約144m、中央部での路面の高さは海面上約63m、桁下の高さは海面上約41mあり、世界最大・最長の吊橋である明石海峡大橋に比べると小振りではありますが、それでも日本を代表する屈指の長大橋です。

大鳴門橋は、本州四国連絡橋のルートの一つである「神戸・鳴門ルート」の中では最も早くに建設された橋で、昭和30年の国鉄・本四淡路島線(Aルート)調査開始、昭和34年の建設省4ルート(A・B・C・D)調査開始、昭和45年の本州四国連絡橋公団設立(3ルート)、昭和46年の鳴門海峡・小鳴門海峡地質調査開始、昭和48年の鳴門工事事務所設置及び石油ショックによる着工延期などを経て、昭和51年7月に着工しました。
架設現場は渦潮が発生する強潮流に加え、本四連絡橋の架設地点では特に風の強い場所であり、また、国の名勝指定地域でもあり、更に瀬戸内海の玄関口として航行船舶が多く、豊かな漁場でもあり、こういった厳しい自然及び社会的条件により、橋脚基礎には多数の鉄筋コンクリートの柱を施工し、コンクリートの頂版を載せる多柱基礎工法が採り入れられ、補剛桁(橋桁)の架設には強風下での対風安定を図るため無ヒンジの逐次剛結工法が採用されるなどし、約9年の歳月をかけて昭和60年6月に完成しました。

補剛桁が上下2層式の構造となっているのは明石海峡大橋と同じですが、最初から道路単独橋として設計されている明石海峡大橋とは異なり、大鳴門橋は道路鉄道併用橋として設計されていて、追加施工により補剛桁の下層部に鉄道(四国新幹線)の線路が敷設できる構造となっており、これも大鳴門橋の大きな特徴の一つといえます。
もっとも、大鳴門橋の完成後に建設された明石海峡大橋が道路単独橋で建設されたため、「神戸・鳴門ルート」は、大鳴門橋は鉄道に対応しているが明石海峡大橋は鉄道に対応していない、つまり神戸から鳴門まで道路は一本に繋がったが神戸から鳴門まで鉄道を通すのは事実上不可能、という状態になってしまい、そのため現在は、大鳴門橋の線路が敷設されるべき場所には、後述のように観光用の展望通路が敷設されています。
ただ、まだ実現の目途は立っていませんが、和歌山と淡路島との間に明石海峡大橋を超える長大橋を建設しようという計画もあるので、大鳴門橋に線路が敷設される可能性が完全に無くなった訳ではありません。
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上の写真は、今回の旅行で大鳴門橋を渡る直前、高速バスの車内から正面を撮った風景です。ここから淡路島を出て四国へと入ります。
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上の写真は、大鳴門橋を渡っている最中、高速バスの車内から正面を撮った風景です。この時バスは、橋のほぼ中央部に位置していました。
バスの下は勿論、鳴門海峡(幅は1,340m)です。
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上の写真は、大鳴門橋架橋記念館屋上から撮影した、大鳴門橋の全景です。
大鳴門橋架橋記念館は、淡路島から鳴門に向かって大鳴門橋を渡った直後にあるバス停「鳴門公園口」で下車して2~3分程の場所にあります。
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上の写真は、大鳴門橋の下層部分にある、鳴門の渦潮を真上から見学するための「渦の道」という歩行者専用展望通路(全長450m)です。
平成12年に建設されたこの「渦の道」は、鳴門側から橋のほぼ中央に位置する展望室まで続いていますが、展望室の先から淡路島側へとは延びていないため、この通路を歩いて淡路島~鳴門間を行き来する事はできません。
側壁の格子状の網にはガラスが入っていないため、直接、瀬戸内海の潮風に吹かれながら、この通路の先にある展望室を目指す事になり、この通路からも瀬戸内海の雄大な景色を楽しむ事ができました。
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上の写真2枚は、橋のほぼ中央に位置する展望室で撮ったもので、ここから、眼下(ガラス張りの床下)で渦を巻く、迫力ある鳴門の渦潮を見学する事ができました。

渦潮は、潮の満ち干や潮の流れの速さ、海底の地形など、様々な要因が重なり合って作りだされるもので、鳴門の渦潮は直径が20m以上にもなる事があり、常時見られる渦潮としては世界最大級の渦潮として知られています。
潮見表によると、この日は午後1時40分頃が観潮に最も適した時刻(渦潮が最も大きく見える時刻)だったらしく、私が見た時の渦潮はかなり小さくなっていたようですが、それでも、初めて渦潮を見る私にとっては、海面で激しく渦を巻く渦潮はとてもダイナミックなものでした。
ちなみに、鳴門の渦潮は、イタリア・メッシーナ海峡の渦潮、北アメリカ西岸・セイモア海峡の渦潮と共に、世界三大潮流の一つに数えられているそうです。
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上の写真3枚は、「渦の道」から撮影した、大鳴門橋の補剛桁です。
大鳴門橋の補剛桁は高さ12.5m・幅34mですが、明石海峡大橋の補剛桁が高さ約14m・幅約35mですから、橋の全長や主塔の長さにはかなりの差があるものの、補剛桁断面の高さや幅については、明石海峡大橋とはほとんど差がありません。
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by bridgelove | 2010-03-03 17:42 | 本四連絡橋

今月の15~17日にかけて、私は2泊3日の旅程で神戸・淡路島・鳴門・倉敷・岡山を旅行してきたのですが、神戸から淡路島への移動は、明石海峡大橋を渡る高速バスではなく、明石港と岩屋港(淡路島)を連絡する「たこフェリー」(第三セクターの明石淡路フェリー株式会社が運行する航路)を利用しました。
下の写真が、乗船する直前に明石港で撮影した、私が乗船した「たこフェリー」のあさなぎ丸です。
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航路を利用して淡路島へと渡ったのは今回が初めてでしたが、このフェリーは明石海峡大橋の真下をくぐるため、船のデッキからは明石海峡大橋の迫力ある姿を、いつもとは違うアングルから楽しむ事ができました!
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by bridgelove | 2010-02-19 05:30 | 本四連絡橋