カテゴリ:東北・関東の橋( 25 )

今月中旬、私は2泊3日の日程で東京方面を旅行してきたのですが、折角なので、都内の橋もいくつか見学してきました。
それらの橋の中でも特に私の印象に残ったのは、旅行2日目に見学してきた、東京都中央区の日本橋川(神田川の支流で、神田川から分流し隅田川に合流する、都心を流れる延長約4kmの一級河川)に架かっている、橋長49m・全幅27mの「日本橋」です。

決して大きな橋ではありませんが、日本の道路網の基点になっている事から昔から東京を代表する橋のひとつに数えられている橋で、JR東京駅の八重洲口から歩いて、この橋を見学しに行ってきました。
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江戸に幕府を開府した徳川家康は、五街道となる東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道を整備し、1604(慶長9)年から、それら五街道の起点を日本橋と定め、それ以降日本橋は交通の要所となり、日本橋周辺は陸路の中心地になると同時に、江戸湊から江戸中心部へと物資を運ぶ日本橋川との接点である事から水運の中心地にもなり、日本橋の周辺には問屋や各種商店、有名な大店(おおだな)が軒を連ね、江戸の商業の中心地として発展していきました。
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明治44年、当時の東京市によって架橋された、19代目となる現在の日本橋は、花崗岩(かこうがん) の 御影石を用いた、樺島正義氏設計の二連アーチ橋で、照明や銅像の装飾は建築家 妻木頼黄氏によるデザインの青銅製で、国の重要文化財に指定されているだけあって堂々とした風格が感じられる、重厚な橋となっています。
とはいえ、高度経済成長期に急速に整備された首都高速道路が用地買収の手間を省くため水路の上空に沿って建設された事から、現在の日本橋は首都高速にすっぽりと覆われてしまっており、残念ながらその景観にはあまり風情は感じられません。
しかし、江戸時代の日本橋は、江戸の中でも特に賑やかな場所としてよく風景画の題材にされ、浮世絵などにも多く描かれました。

ちなみに、五街道の中でも最も重要な街道とされた東海道の起点は、前述のようにこの日本橋ですが、終点は、一昨年3月18日付の記事で紹介させて頂いた、京都の三条大橋です。
安藤(歌川)広重の代表作として知られる浮世絵木版画の連作「東海道五十三次」でも、一番最初の絵は日本橋で、一番最後の絵は三条大橋となっています。
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上の写真は、日本橋の車道のど真ん中(センターライン上)に埋め込まれている「日本國道路元標」です。
明治になってからも、東京の道路の始点は江戸時代を踏襲して日本橋とされ、ここに道路元標が設置されました。

下の写真は、その道路元標を更に拡大したもので、このプレートに刻まれている文字は、時の総理大臣 佐藤栄作氏による書です。
なお、道路元標は日本橋北詰の歩道側にも設置されていますが、歩道のほうにあるのはレプリカで、本物はこの写真に写っている、車道にあるほうです。
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現在、この日本橋を起点としている国道は、1号(終点は大阪市)、4号(終点は青森市)、6号(終点は仙台市)、14号(終点は千葉市)、15号(終点は横浜市)、17号(終点は新潟市)、20号(終点は塩尻市)の計7本です。
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by bridgelove | 2011-10-25 06:39 | 東北・関東の橋

先週、東京鎌倉方面を旅行した際、東武浅草駅から曳舟駅まで電車に乗ったのですが、その時、一昨年1月28日の記事で紹介した東武伊勢崎線隅田川橋梁を電車で渡ってきました。
そして、東武伊勢崎線隅田川橋梁を渡っている最中の車内から撮影したのが、下の写真に写っている吾妻橋です。
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吾妻橋は隅田川(住所としては台東区浅草と墨田区吾妻橋との間)に架かる橋長150.0m、幅員20.0mのアーチ橋で、現在の橋は昭和6年に竣工しました。
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by bridgelove | 2011-05-31 01:08 | 東北・関東の橋

先月下旬、2泊3日の旅程で東京・千葉方面を旅行した際、東京都江東区富岡の八幡掘遊歩道を跨ぐようにして架けられている、国の重要文化財に指定されている単径間アーチ橋の「八幡橋」を見学してきました。
橋の名は、「江戸最大の八幡さま」として知られる富岡八幡宮に隣接している事から付けられました。
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この橋は、明治11年、東京府の依頼により工部省赤羽製作所が製作した全長15.2m、有効幅員2mの単径間アーチ形式の鉄橋で、文明開化のシンボルとして京橋区(現在の東京都中央区宝町3丁目付近)の楓川に架けられ、その当時は、島田弾正屋敷が近くにあった事から弾正橋と称されていました。
そして、大正2年、市区改正事業により新しい弾正橋が架けられた事により、元弾正橋と改称され、大正12年、関東大震災後の帝都復興計画により廃橋とされました。

しかし、その由緒が惜しまれたため、昭和4年、東京市は元弾正橋を現在地に移設して保存する事とし、富岡八幡宮に因んで八幡橋と改称しました。現在は江東区が大切に保存しています。
国内に現存する鉄橋としては最古に属するもので、また、菊の紋章のある橋としても有名です。
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この鉄橋は、曲弦、ピン結合部、上弦材は鋳鉄製、それ以外の引張力が発生する部材には錬鉄を使用しており、また、独特な構造手法で施工されている事から、近代橋梁技術史上特に価値の高い橋とされています。
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by bridgelove | 2011-03-07 00:42 | 東北・関東の橋

先月下旬、2泊3日の旅程で関東方面(茅ヶ崎・横浜・市原・新宿・鎌倉など)を旅行した際、横浜駅前のそごうデパート最上階のレストラン街でお茶を飲みながら少し休憩してきたのですが、下の写真はその際に窓から撮影してきた、横浜ベイブリッジの遠景です。
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横浜ベイブリッジは、平成元年9月に開通した全長860m、中央支間長460m、主塔の高さ(海面から)175mの斜張橋で、横浜国際航路を横断して本牧埠頭と大黒埠頭を結び、東京港方面と横浜港を結ぶ港湾物流の一端を担っている道路橋です。
横浜都心の渋滞を緩和する重要な輸送路としても機能していて、上層は首都高速道路、下層は国道357号線が走る上下二層構造になっており、125cc以下のバイクや自転車、歩行者などは通行できません。
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by bridgelove | 2010-10-01 06:42 | 東北・関東の橋

平成20年10月に東京・群馬方面を旅行した際、私は、都内では隅田川周辺を散策し、隅田川に架かる東武伊勢崎線隅田川橋梁を見学したり、同橋梁付近から水上バスに乗って隅田川を下ってレインボーブリッジを見学するなどしてきたのですが、水上バスに乗る前には、桜橋も見学してきました。
隅田川唯一の歩行者専用橋である桜橋(橋長169.45m)は、隅田川両岸の隅田公園を結ぶ園路の役割を持つ橋として、両岸の台東区と墨田区が折半して昭和60年に完成した桁橋です。
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上の図を見て戴ければお分かりのように、この橋の最大の特徴はその形状にあり、上空から見るとX字形の特異の形をしています。
なお、橋名の由来は、向島側の墨田堤(墨堤) に植えられた桜並木からきているそうです。
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▲ このように遠くから見ると、普通の桁橋にしか見えません。
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▲ 近くから見ると、通常の橋とは異なり大きな曲線を描いているのがはっきりと分かります。
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▲ その形状から、正面からは渡れません。
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by bridgelove | 2010-07-04 18:33 | 東北・関東の橋

下の写真は、昨年10月に東京を旅行した際に江東区豊洲で撮影した、豊洲駅という「ゆりかもめ」(東京都などが出資する第三セクターが運営している新交通システム)の終端駅です。
この駅は島式ホーム1面2線の高架駅なのですが、御覧のように、軌道(線路)は上下線共に駅を過ぎるとカーブを描きながら、いきなり途中でブチ切れています。
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下の写真は、豊洲駅のホーム(高架上)から撮影した、軌道終端部です。この写真からも、高架そのものが左にカーブしている様子がはっきり分かると思います。
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豊洲駅は、一昨年3月に、それまで終端駅だった有明駅から路線が延伸して開業した新しい駅なのですが、将来はこの駅からも更に路線を延伸する計画があるらしいので、軌道の先端部が晴海通り方向に曲がった状態で不自然に途切れているのは、きっとそういった将来の延伸を見越しての事なのでしょう。
もし、延伸計画とは関係なく、都市景観やデザイン等の観点からあえてこのような形状にしたのだとしたら、かなり前衛的なセンスと言えます(笑)。
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by bridgelove | 2009-11-06 06:36 | 東北・関東の橋

先月下旬、千葉県内を旅行した際に、千葉市の都心部で興味深い橋梁を見ました。
千葉都市モノレール(通称:タウンライナー)という、懸垂式モノレール(東京モノレールのように跨るタイプではなく、湘南モノレールのようにぶら下るタイプのモノレール)の橋梁です。
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上の写真は、「セントラルアーチ」という、駅前大通りを跨ぐ巨大アーチ橋で、この橋は千葉都市モノレール1号線の栄町駅~葭川公園駅間にあります。
セントラルアーチは、千葉を紹介する写真などで見かける事が多く、千葉都市モノレールの象徴的な景観となっているばかりか、千葉市のランドマークの一つにもなっていると言える橋です。
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上の写真は、1号線の栄町駅のホーム北端から撮影した、JR総武本線を跨ぐ巨大なトラス橋です(橋の名称は分かりません)。
千葉都市モノレール2号線の千葉駅~千葉公園駅間にあります。

ちなみに、千葉都市モノレールの総営業距離は15.2kmで、これは懸垂式モノレールとしては世界最長距離だそうですから、探せば、千葉都市モノレールにはこれら以外にもまだ興味深い橋梁がいくつかありそうです。
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by bridgelove | 2009-06-12 12:01 | 東北・関東の橋

先月末、東京を旅行した際に、久々に明治神宮を参拝してきました。
今から丁度一年前に開業した、東京メトロ(旧営団)最後の地下鉄とも云われる副都心線に池袋駅から乗って、明治神宮前駅で降り、小雨の降る中、同駅から歩いてお参りしてきました。

その際に私が渡ってきたのが、総面積約70万㎡(東京ドーム約15コ分)の明治神宮の杜の入口(南参道)に架橋され、JR原宿駅のすぐ傍に位置してJR線(山手線、埼京線など)を跨いでいる「神宮橋」です。
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明治神宮が創建された大正9年に最初の神宮橋が架橋され、その後60年余に亘って使われましたが、老朽化により昭和57年に現在の橋が再架橋されたそうです。
毎年、初詣参拝者数日本一(三が日だけで300万人もの参拝者が訪れます)を誇る同神宮の神域入口に相応しい、実に重厚な橋です。

なお、この写真を撮影した時は早朝で、しかも雨天だったため、人がほとんど写っていませんが、近くの代々木競技場やNHKホールなどでコンサートが開催される時は、コンサートに向かう若者達がコスプレして大勢でこの橋の上でたむろしているそうです。
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by bridgelove | 2009-06-07 05:41 | 東北・関東の橋

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今月の27~29日にかけて、私は2泊3日の旅程で東京・千葉方面を旅行してきたのですが、最終日(一昨日)は、千葉県在住の友人と一緒に、千葉県成田市の成田山新勝寺をお参りしてきました。
真言宗智山派の大本山でもある成田山新勝寺は、正月三が日の初詣参拝者数は明治神宮に次いで毎年常に全国第2位を誇る(という事は、明治神宮は神社ですから、寺院のなかでは常に全国1位という事です)、関東を代表する名刹で、以前から一度はお参り・見学したいと思っていた寺院でした。

友人とはJR成田駅で待ち合わせをして合流し、その後、JR成田駅とは100m程離れている京成成田駅に一度立ち寄ってから、表参道を歩いて新勝寺へと向かったのですが、その際、JR成田駅と京成成田駅とを結ぶ通路上にあったのが、社寺建築を模したこの歩道橋です。

成田といえば、日本の空の玄関口といえる成田空港を持つインターナショナルな街というイメージが強くありますが、その一方で成田には、新勝寺の門前町としての歴史ある風情の街というイメージも強く、この歩道橋は、そのうちの後者のイメージを強く意識して造られた歩道橋といえそうです。
古い建築物ではないものの、門前町らしい、風情ある横断歩道橋ですね。周辺の景色とはあまりマッチしていない気もしますけど(笑)。
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by bridgelove | 2009-05-31 06:47 | 東北・関東の橋

平成17年5月、私は、関東を代表する観光地の一つである、神奈川県藤沢市の南に浮かぶ周囲約4kmの小島・江の島に行ってきました。
現在、江の島と本土とは、砂州の上に建設されている「江ノ島弁天橋」という歩行者・自転車専用道と「江ノ島大橋」という車両専用道の2本の橋によって結ばれていますが、明治時代中頃まで、ここに橋はありませんでした。
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江の島に初めて橋が架けられたのは明治24年でしたが、当時の橋は木製の粗末なもので、大風で揺れ、津波には流され、その度に造り直さなければならず、近隣の村民の負担は莫大であったそうです。
大正時代には、関東大震災により発生した津波で橋が流され、渡橋中だった日光からの団体客約60名が橋と共に流されて全員行方不明になるという大事故もあり、また、昭和に入ってからも、相変わらず丸太を組んで繋ぎ合わせて上部に板を引いただけの簡素な造りであった事から、橋からの転落事故がよくあったそうです。

コンクリート製の強固な橋が初めて建設されたのは昭和24年3月で、それまで単に「桟橋」「江ノ島桟橋」などと称されていた橋はこの時から、一般公募により決められた「江ノ島弁天橋」という名で呼ばれるようになりました。
ただ、橋桁は強固であったものの橋上は木製であったため、観光客の増加と共に段々と損傷が激しくなり、そのため昭和33年には、台風でも壊れる事の無い更に強固な鉄筋コンクリート製の、現在の江ノ島弁天橋が架けられました。
その後も何度かの改修が行われ、現在の江ノ島弁天橋はタイル張りの立派な橋になっています。

一方、「江ノ島大橋」は、昭和39年に東京オリンピックのヨット競技の会場に江の島が使われる事になった事から、歩行者・自転車専用の江ノ島弁天橋と平行して、新たに車両専用の橋梁として建設されました。
この橋の完成により、江ノ島大橋は「神奈川県道305号 江の島線」に指定され、全長786mのこの県道のほぼ全域が橋梁となっています。
なお、以前は、午後10時から翌朝5時まで江ノ島大橋は閉鎖されていましたが、現在は深夜も通行が可能になっています。

下の写真はいずれも、平成17年5月に私が撮影したものです。
江ノ島弁天橋と江ノ島大橋は、このように寄り添うように隣接して架けられています。
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by bridgelove | 2009-04-10 06:34 | 東北・関東の橋