運搬が可能で、約10分間で幅約17mまでの川に架ける事ができる仮設橋「モバイルブリッジ」の公開実験が、今日、静岡県富士市内で行なわれました。
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この仮設橋は、災害時の交通インフラの迅速な復旧を目的に、広島大や軽金属メーカーなどが開発したもので、現地まで直接トレーラーで運ぶ事ができ、設置後は乗用車3台の走行に耐えられるそうです。

災害時には、人命救助に当たる大型の消防車両・警察車両・自衛隊車両、被災地に緊急物資を輸送する大型トラック、ガレキ除去や各種の復興作業等に当たる重機などの通行が不可欠となるため、「乗用車3台の走行に耐えられる」という程度の現状は、災害時の仮設橋としてはまだ少し能力不足である感は否めませんが、そのあたりは今後更に改良されていく事でしょう。
また、現段階では設置にクレーンが必要ですが、ゆくゆくは仮設橋だけで設置できるように改良されるそうです。
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今日の公開実験では、対岸に見立てた約16メートル先の土台に向かって橋を架ける作業が再現され、X字状に交差している軽合金製の構造体が、油圧式のシステムで折り畳まれている状態から段々と伸びていき、約10分間で設置を完了させ、設置完了後は乗用車による“渡り初め”が行われました。
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by bridgelove | 2013-09-12 22:32 | これも橋? | Comments(0)

今月の5日から、本年で第64回目の開催となる、札幌の冬を代表する風物詩でもある「さっぽろ雪まつり」が7日間の日程で開催されており、昨日、私も雪まつりを見に行ってきました。
さっぽろ雪まつりは、期間中200万人もの人々が訪れる、北海道を代表するビッグイベントですが、はっきり言ってしまうと、市外や海外からの観光客、もしくは小学生以下の子供がいる家族向けのイベントといえ、私の周り(主に同世代の友人達)を見る限りでは、札幌市民の多くは実は雪まつりにはあまり関心を持っていないのではないか、と感じで(笑)、実際私も、雪まつりを見に行くのは十数年ぶりくらいでした。

以下の写真はいずれも、本年伊勢の神宮で斎行される「第62回神宮式年遷宮」に因んで、今年の雪まつりで大通会場の大通西4丁目「STV・よみうり広場」につくられた、伊勢の神宮をモチーフとした大雪像「伊勢 神話への旅」です。
神宮の御正殿と共に、今までこのブログで何度か取り上げてきた宇治橋も、遠近感を伴った大雪像として再現されていました。
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ちなみに、式年遷宮とは、20年に一度、伊勢の神宮の内宮・外宮の建物や御装束神宝の全てを造り替えて神様にお引越し戴く、神宮では最重要のお祭りで、戦国時代の荒廃期には一時中断された事があるものの、持統天皇4年(西暦690年)以来、20年に一度の周期をほぼ守りながら1300年もの長きにわたって継続されています。
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by bridgelove | 2013-02-09 06:26 | これも橋? | Comments(2)

私は昨日、札幌からだと車で4時間以上はかかる、道南のせたな町大成にある太田山という山に登ってきました。
太田山の山中には、「日本一危険な神社」として過去に何度かテレビなどで紹介されている太田神社の本殿が鎮座しており、その太田神社に登拝してきたのです。

ちなみに、太田神社は具体的に何が危険なのかというと、例えばウィキペディアの「太田山神社」のページには以下のように記されています。
当神社は太田山の中腹にあるものの、社殿までの道程は急勾配の階段や整備されていない道・崖などが連続している。道道沿いに最初の鳥居が建っているが、そこからは平均45度の斜度を持つ急峻で結構長い石段が現れる。それを過ぎると草木の生い茂る獣道にも似た山道や足場が続く。付近一帯はヒグマの生息地であり、更に夏季になるとブヨ・蚊・ハチやマムシを見ることが出来る。その山道の果てに高さ7mはある北尋坊の崖があり、そこをザイルで手繰りながら登ったところに太田山神社の本殿が建っている。
太田神社は、本殿に辿り着くまでの道程がサバイバルなのです!

下の写真は、参道(本殿へ通じるルート)の一部に組み込まれている、太田山の絶壁に架けられている鉄製の歩道橋です。こういう橋を渡っていると、秘境を探検しているような気分になり、結構ワクワクします(笑)。
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そして、この橋を渡り終えると、垂直にそそり立つ絶壁の中腹の岩穴にある本殿を目指して、その岩穴から垂れ下がっている鉄輪につかまりながら絶壁をよじ登る事になります。勿論、私も登ってきました!

なお、この時の太田神社参拝の様子は以下の記事でも紹介させて頂きましたので、興味のある方はこちらも御覧下さい。
http://shinbutsu.at.webry.info/201007/article_3.html
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by bridgelove | 2010-07-23 22:24 | これも橋? | Comments(0)

今月の17~19日にかけて、私は神戸と九州北部(福岡・久留米・熊本など)を旅行してきたのですが、これは、JR久留米駅近くの線路下をくぐる水路と歩道を撮ったものです。
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この風景を見た時は、これは線路の下の路盤を線路とは垂直方向に貫いている、開削工法によるレンガ造りのトンネルなんだろうな、と思ったのですが、家に帰ってきてから改めて写真を見てみると、トンネルというよりは、水路と歩道の上を跨いでいる鉄道のアーチ橋に見えます。
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これはトンネルではなく橋、と解釈していいのかな…?
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by bridgelove | 2010-05-21 06:15 | これも橋? | Comments(0)

由加神社本宮の厄橋

先月岡山を旅行した際、「由加神社本宮」という岡山市内の神社で面白い橋(?)を見ました。
拝殿正面石段の一部に架かっていた、とても小さな石製の太鼓橋です。
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ここの神社は、厄除けが特に代表的な御利益とされており、この橋も、渡ると厄が祓われるという大変有り難い橋なのだそうです。
橋の傍らに立っていた看板には、以下のように書かれてしました。

『厄除総本山由加神社本宮は全国に末社五十二社を有し、日本で一番と云われる厄除け災難よけの神さまをお祀りする事にちなんで、敬神の志厚き方々の御厚志に依り、厄橋をご寄進下さいました。厄よけの方、災難の多い方、病で悩みの方、どうぞ願いを込めて此の橋を渡り、最上の福を頂いて下さい。ご自由にお通り下さい。』
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by bridgelove | 2010-03-09 06:21 | これも橋? | Comments(0)

今日(2月7日)が「北方領土の日」である事に因み、今回は、日本本土で最も北方領土に近い根室半島(北緯43度23分07秒、東経145度49分01秒)の納沙布岬に建つ、「四島(しま)のかけはし」という、橋のような形をしたモニュメントを紹介させて頂きます。

ちなみに、2月7日がなぜ「北方領土の日」であるのかというと、江戸時代末期の安政元年2月7日、日本とロシアとの間で日露通好条約が調印され、この条約によって、日露両国の国境は択捉島とウルップ島の間と定められ、北方四島(択捉島国後島色丹島歯舞諸島)は日本領、ウルップ島以北の諸島はロシア領と確定し、これ以後、両国間の国境は何度も変わりましたが北方四島は一貫して日本の領土であり続けた事から、平和的な外交交渉により締結されたこの条約を記念して、また、北方領土返還運動を盛り上げるため、昭和56年、この条約が締結された2月7日が閣議により「北方領土の日」と定められたのです。
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上の写真は平成19年7月、道東を旅行した際に納沙布岬で私が撮影してきたもので、このモニュメントが、世界平和と北方領土返還を祈念するため昭和55年に建てられた高さ13mのシンボル像「四島のかけはし」です。北方四島を4つのブロックで表現し、それらが重なり合って大きな“架け橋”の形になっています。
このシンボル像の下には「祈りの火」と呼ばれる点火灯台もあり、ここに灯されている火は昭和47年に沖縄県の波照間島(日本最南端の有人島)から採火されたものだそうです。
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上の写真は、納沙布岬に建つ「平和の塔」という展望塔最上階の展望室(高さ97m)から見下ろした「四島のかけはし」です。
ここの展望室からは、納沙布岬の先3.7kmの海上に浮かぶ、北方領土の中でも最も根室寄りにある歯舞諸島の貝殻島が肉眼でもはっきりと望め、展望室に備え付けの望遠鏡を使うと、貝殻島に建つ建造物の形まではっきりと見る事ができ、日本本土と北方領土の近さを改めて実感しました。
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上の写真は、日本本土最東端を表す、納沙布岬の標柱です。
ここから先の島々も日本領なのですが(行政上、北方領土は北海道根室支庁に属しています)、現実には、この標柱の立っている地点が日本の行政権・司法権の及ぶ最東端地点となっています…。
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by bridgelove | 2010-02-07 22:13 | これも橋? | Comments(0)

川床(かわどこ/かわゆか)は、多くの「橋」のように川(もしくは海・湖・池・谷・道路・線路など)を乗り越えて対岸と連絡するための構造物ではありませんが、川の上に架設された構造物という意味では「橋」と共通する部分もありますので、今日は川床について書かせて頂きます。

川床とは、納涼のため川の流れに張り出して設けられた桟敷の事で、特に、京都市の繁華街を流れる鴨川の川床や、京都の奥座敷と云われる貴船の川床などが有名で、どちらも夏季にだけ開設され(毎年5月1日~9月末日まで)、京の夏を代表する風物詩となっています。
鴨川の川床は、二条大橋~五条大橋にかけての約2.5kmの川沿い(鴨川の河原を流れる小川「みそそぎ川」の上)に高さ約3mの高床式の木組みの床が並び、約90軒のお店が営業し、一方貴船の川床は、貴船川の川面のすぐ上に低い床が造られ、約20軒のお店が営業します。

今回は、「納涼床」とも称される、鴨川の川床を紹介させて頂きます。
以下が、その鴨川の川床の写真です。実に京都の夏らしい風情があります!
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鴨川の川床は、江戸時代に、裕福な商人などが中洲や浅瀬に床机を置いて趣味趣向として遠来の客をもてなしたのが始まりと云われており、寛文年間に治水工事が行われ鴨川の東西両岸に石積みの護岸ができて以降は、茶店や物売りの屋台が出現し、現在のように営業を目的とした形態が始まったようです。

京都に於ける川床の発展の背景には、冬の底冷えとは好対照を成す、京都盆地特有の夏の暑さが挙げられます。
三方を山に囲まれて風が通らず、空気に水滴を感じる程の高湿度となる夏の京都では、川床から感じられる川のせせらぎ、川面を渡る風、冴えた月明かりなどが、心に響く涼しさとして受け入れられ、また、山々を借景とした水辺の美しい風景も、人々の目を爽やかに潤してくれるものとして映ったのです。
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上の写真は、今から5年前、鴨川の川床で食事をした時に撮影した写真で、左側手前の、メガネをかけてピースサインをしているのが私です(笑)。
機会があれば、また鴨川の川床でゆっくり食事をしたいですね!
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by bridgelove | 2009-08-07 06:17 | これも橋? | Comments(0)

渡り廊下

渡り廊下は、所謂“橋”の範疇とはちょっと違うのかもしれませんが、今日は、私が今まで見た中で印象に残っている渡り廊下を取り上げてみたいと思います。
渡り廊下は、デパートや大型スーパーなどの商業施設でもよく見る事ができますが、今日取り上げるのは、いずれも神社・仏閣で私が見た渡り廊下です。

というのも、一部に例外はあるもののだいたいは単に連絡通路としての機能しか持っていない、商業施設などで見られる渡り廊下に比べ、神社・仏閣にある渡り廊下は、伝統建築の技巧を凝らしていたり、景観に配慮されていたり、伝説や由緒があったりするなど、私にとっては見たり渡ったりして実際に楽しく感じられるからです。
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上の写真は、日本仏教の母親とも称される比叡山延暦寺(滋賀県大津市)にある、常行堂と法華堂という宝形造の2棟のお堂を結ぶ渡り廊下で、この写真は今から5~6年前に延暦寺を参拝・見学した折に撮影したものです。
延暦寺は、大まかに分けると東塔(とうどう)・西塔(さいとう)・横川(よかわ)という3つのエリアに分かれているのですが、この2棟は西塔にあり、写真のように桧皮葺の屋根と朱塗りの柱を持つ渡り廊下で連結されています。

ちなみに、かつて弁慶が、この渡り廊下を天秤棒にしてこれら2棟のお堂を担いだという伝説がある事から、この2棟は「弁慶のにない堂」とも呼ばれています。
「オイオイ、弁慶ってどれだけ力持ちよ!っていうか、そもそもこの渡り廊下に、天秤棒として2棟の建物を支えるだけの強度があるのか!?」などという野暮な突っ込みは勿論ナシです(笑)。
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上の写真2枚は、昨年の秋、横浜市青葉区の神鳥前川(しとどまえかわ)神社を参拝・見学した際に撮影した、拝殿と社務所を連絡する渡り廊下です。
私が住んでいる札幌市内の神社でも渡り廊下はよく見ますが、ただ札幌の場合は冬、雪が降るため、この写真のように壁がない構造の渡り廊下は多分ありません。
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上の写真2枚は、今年の夏、京都市右京区の妙心寺(臨済宗妙心寺派大本山)を参拝・見学した際に撮影した、法堂と大方丈を連絡する渡り廊下です。
この渡り廊下は、屋根は平坦ですが廊下の床部は太鼓橋のように膨らみを持った独特な形状になっており、この渡り廊下と交差している、床下の通路は、近くの高校に通う学生達の通学路にもなっています。そのため、写真のように朝夕は高校生達がこの渡り廊下の下を頻繁にくぐっています。
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by bridgelove | 2008-10-08 05:27 | これも橋? | Comments(0)

4月7日の記事にも書きましたが、私は昨年や一昨年は何度か福岡に行く機会がありました。
そして私が福岡に行った際に大抵私が立ち寄っていたのが、博多区住吉1丁目にある「キャナルシティ博多」という巨大な複合商業施設です。これは私の住んでいる札幌でいえば、「サッポロファクトリー」に相当する施設かもしれません。
キャナルシティは複数のビルから構成されており、施設中央の地下1階に流れる小川を挟むように建っている東側と西側のビルは、それぞれ地下1階・1階・3階で連絡されています。

これらは“橋”というよりは単に“連絡通路”と言うべきなのかもしれませんが、私にとっては印象的な光景だったので、以下にその写真を貼付して紹介させて頂きます。
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by bridgelove | 2008-09-03 19:13 | これも橋? | Comments(0)

宇治橋の模型

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去年の丁度今頃(平成19年4月24~30日までの1週間)、札幌の三越デパートでは、10階の催事場にて「伊勢神宮展」というイベントが開催されました。
同展では、三重県伊勢市にある「神宮」(いわゆる伊勢神宮)についてのパネル・模型や、文化財、祭器具、装束など様々なものが展示され、そして、同展のシンボルとして会場の中央には、伊勢の五十鈴川に架かる宇治橋の大きな模型が展示されました(実物の宇治橋については先月2日の記事を御参照下さい)。

模型とはいっても、実際にその上を人が歩いて渡る事ができるものでしたから、模型としてはかなり大きなものでした。
勿論、実物の宇治橋と比べるとその大きさは全く比較になりませんが、しかし、幅2m強程度の小川になら実際に架けられるほどの大きさはありました。

当時私は、伊勢神宮展にはスタッフの一人として関わっており、そのため同展の開催前日は、他のスタッフの人達と一緒に、その宇治橋の模型を会場に搬入・設営する作業を手伝いました。
しかし、この宇治橋の搬入は、かなり大変な作業でした。
というのも、この宇治橋の模型は一体型で分解できない構造のため、その大きさから業務用のエレベーターに直接載せることができず、閉店後に店内にあるお客さん用の普通階段を使って10階まで運ぶしか運搬手段がなく、そのため私達は三越の閉店時間(午後8時)まで待ち、閉店後、1階の搬入口から、搬送業者とともに総勢20名近くで、宇治橋を1階から10階まで、30分程かけて運び上げたのです。

そして、大変な思いをしながらも何とか宇治橋を会場に設営した後は、実際の宇治橋と同じ情景に少しでも近づけるため、宇治橋の前に鳥居も組み立てられました。それが、上の写真です。
大変でしたが、今となってはいい思い出です(笑)。
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by bridgelove | 2008-04-30 20:44 | これも橋? | Comments(0)