日本橋 ~今も昔も全国の道路の基点になっている橋~

今月中旬、私は2泊3日の日程で東京方面を旅行してきたのですが、折角なので、都内の橋もいくつか見学してきました。
それらの橋の中でも特に私の印象に残ったのは、旅行2日目に見学してきた、東京都中央区の日本橋川(神田川の支流で、神田川から分流し隅田川に合流する、都心を流れる延長約4kmの一級河川)に架かっている、橋長49m・全幅27mの「日本橋」です。

決して大きな橋ではありませんが、日本の道路網の基点になっている事から昔から東京を代表する橋のひとつに数えられている橋で、JR東京駅の八重洲口から歩いて、この橋を見学しに行ってきました。
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江戸に幕府を開府した徳川家康は、五街道となる東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道を整備し、1604(慶長9)年から、それら五街道の起点を日本橋と定め、それ以降日本橋は交通の要所となり、日本橋周辺は陸路の中心地になると同時に、江戸湊から江戸中心部へと物資を運ぶ日本橋川との接点である事から水運の中心地にもなり、日本橋の周辺には問屋や各種商店、有名な大店(おおだな)が軒を連ね、江戸の商業の中心地として発展していきました。
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明治44年、当時の東京市によって架橋された、19代目となる現在の日本橋は、花崗岩(かこうがん) の 御影石を用いた、樺島正義氏設計の二連アーチ橋で、照明や銅像の装飾は建築家 妻木頼黄氏によるデザインの青銅製で、国の重要文化財に指定されているだけあって堂々とした風格が感じられる、重厚な橋となっています。
とはいえ、高度経済成長期に急速に整備された首都高速道路が用地買収の手間を省くため水路の上空に沿って建設された事から、現在の日本橋は首都高速にすっぽりと覆われてしまっており、残念ながらその景観にはあまり風情は感じられません。
しかし、江戸時代の日本橋は、江戸の中でも特に賑やかな場所としてよく風景画の題材にされ、浮世絵などにも多く描かれました。

ちなみに、五街道の中でも最も重要な街道とされた東海道の起点は、前述のようにこの日本橋ですが、終点は、一昨年3月18日付の記事で紹介させて頂いた、京都の三条大橋です。
安藤(歌川)広重の代表作として知られる浮世絵木版画の連作「東海道五十三次」でも、一番最初の絵は日本橋で、一番最後の絵は三条大橋となっています。
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上の写真は、日本橋の車道のど真ん中(センターライン上)に埋め込まれている「日本國道路元標」です。
明治になってからも、東京の道路の始点は江戸時代を踏襲して日本橋とされ、ここに道路元標が設置されました。

下の写真は、その道路元標を更に拡大したもので、このプレートに刻まれている文字は、時の総理大臣 佐藤栄作氏による書です。
なお、道路元標は日本橋北詰の歩道側にも設置されていますが、歩道のほうにあるのはレプリカで、本物はこの写真に写っている、車道にあるほうです。
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現在、この日本橋を起点としている国道は、1号(終点は大阪市)、4号(終点は青森市)、6号(終点は仙台市)、14号(終点は千葉市)、15号(終点は横浜市)、17号(終点は新潟市)、20号(終点は塩尻市)の計7本です。
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by bridgelove | 2011-10-25 06:39 | 東北・関東の橋