山線鉄橋 ~支笏湖に現存する北海道最古の鉄橋~

今月17日の早朝、札幌から車で1時間程の距離にある支笏湖に行ってきました。
支笏湖は、千歳市の支笏洞爺国立公園内にある面積78.4平方kmの、日本最北の不凍湖で、洞爺湖・摩周湖・サロマ湖などと共に北海道を代表する湖の一つです。湖としての面積は国内では8番目の大きさですが、貯水量(20.9立方km)は琵琶湖に次いで2番目、最大水深(363m)も田沢湖に次いで2番目で、近年の水質調査では透明度も摩周湖と同等を誇るとの認定を受けています。

千歳市を代表する河川である千歳川は、その支笏湖の南西部(支笏湖温泉街)を源に発し、石狩川に合流して日本海へと流れる、石狩川水系の一級河川ですが、支笏湖畔のその源流部に架かっているのが、「山線鉄橋」と称される、下の写真の歩行者専用トラス鉄橋です。
明治32年に建設されたこの橋は、北海道に現存する現役最古の橋として、日本の橋梁史においても稀少で重要な資料、近代遺産として、高い評価を受けています。
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この鉄橋は、元々はこの場所ではなく、北海道官設鉄道上川線(現在のJR函館本線)の砂川~妹背牛間にある空知川に架けられていて、当時は「第一空知川橋梁」という名の鉄道橋として使われていました。
しかし、橋の設計荷重が小さく輸送量の大幅な増加に対応できない事などから、大正12年、第一空知川橋梁は新しい橋に架け替えられ、そのため、今まで使われてきた旧第一空知川橋梁は王子製紙株式会社に払い下げられました。
その後、王子製紙は旧第一空知川橋梁を「湖畔橋」として現在の場所に移設し、当時苫小牧~支笏湖間で運行していた王子軽便鉄道(通称:山線)の鉄橋として再利用しました。王子軽便鉄道は、千歳川に建設する発電所建設資材の輸送を目的として明治41年に運行を始めた鉄道で、建設資材や製紙用原木輸送のみならず、旅行者等の輸送も行っていました。この軽便鉄道は観光客にも親しまれていましたが、元々物資運搬用の鉄道であった事から、その切符には「生命は保証の限りに非ず」と書かれていたという逸話も伝わっています。

しかし昭和26年、急速に進んだ道路整備などにより王子軽便鉄道は廃止されてしまい、それに伴い、湖畔橋も鉄道橋としての役目を終えました。
その後、昭和42年に、湖畔橋は支笏湖のシンボルとして王子製紙から千歳市に寄贈され、以降は道路橋・歩道橋として再び使わるようになりましたが、老朽化が著しい事から平成6~8年にかけて、「現地で原型保存、現役で使用」を基本構想として大規模な解体修復工事が行われました。
そして平成9年、湖畔橋は現在の状態に復元されて、歩行者専用橋の「山線鉄橋」となって現在に至ります。
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by bridgelove | 2010-10-23 05:57 | 北海道の橋 | Comments(0)